2012年3月13日火曜日

日記 ブログ アイリッシュパブ バーンズ

あの日から、ちょうど一年目となったこの日。
僕たちは早起きして喪服を着た。
一周忌の合同慰霊祭は午後からだったが、その前に立ち寄るところがあったのだ。

その先輩の訃報を聞いたのは会社のOB会からのメールで、であった。
先輩は会社のOB会にも籍を置いていなかったこともあり、10年以上も疎遠であったが、家内と先輩の奥さんが親しく交際していたこともあり、息災であったと思っていた。
何より奥さんにとっても思いがけない末期の肝癌だったのだ。
先輩はどこかわからないが咲き乱れる桜花を背に遺影の額に納まっていた。
笑っているその顔は私の知っているその顔であった。

仏前に座ると突然に涙が溢れてきた。
この悲しい一年目にさらにまた悲しみを重ねた朝であった。

亘理郡山元町、徳本寺。
午後1時30分。
モニターが前に置かれたテントの中で、たくさんの参列者の中に僕らはいた。

法事の前のアイリッシュハープの演奏に続いて永六輔の話が始まった。
永氏は住職との深い縁でこの会場に自ら赴いていた。

震災で、津波で、家族や友人や助けられなかった人々を前に、生き残った自分を悔いている人々を例に挙げ、彼の人生最大の後悔を話し始めた。

小学5年生の彼は学童疎開先の白石で、あの東京大空襲で10万人もの人々が犠牲になった前日の今日(昭和19年3月11日)学徒動員のため東京へ出発したたくさんの先輩達を、何も知らずバンザイで送り出したというのだ。

涙で言葉にならない中で、永はあの戦争で妄信的に軍部を信じ、バンザイした自分を悔いているのだった。そしてその自分の恥を語ってこなかったことを、この大災害を機に重ねて恥じているのだった。

彼はつらい記憶を語り続けようと呼びかけていた。
それは経験した者の務めだとも。
僕は今日2度目の涙を流した。


思えば大震災の数ヶ月後から風化は始まっていた。
もう見たくないとテレビ局に苦情を言う非被災地の人々。
激減したボランティア。
政府も、そして破綻寸前だった女川を抱える宮城県の知事も原発再稼働を語り始めている。
ましてやずっと原発政策を推し進めてきた最大野党など抑止になるはずもない。

もう二度と自民党にも民主党にも投票しないだろう。

僕は思う。
風化を避け過ちを繰り返すことなく、未来の子供達に送り届けることができるものを語り継ぎたいと。
大切な人や家や仕事とともに絶望にうちひしがれた人々のことを。
大震災を、大津波を、そして原発を。
政府や行政の顛末を。
未来への思いやりのない生活を続けている大人達を。
被災していない人々のエゴと他人事を。
がんばっている人に『がんばれ!しっかりしろ』と励ます心なさに。
今回わかったいろいろなことを。

あの夜。
赤々と焦げる東の夜空。
光を失った街の上に輝く無数の星々。
迫り来る余震の不安と恐怖に震えた車内。
錯綜する情報。
そして放射能。
僕は思う。
あの一年前の今日を思えば、今はなんと安らぎと幸せに満ちた夜だろうか。
この幸せを噛み締めたなら、自らの命と引き替えに僕たちに尊い教訓を残してくれた人々に感謝せずにはいられない。


神はu何かuの傾斜ハンドルを与えることはありません

3月に入ったと思ったら急に暖かくなりました。

今夜(1日)の街は、風も無く、濃い霧に覆われています。

『華氏451度』を書いた英国のSF作家ルイブラッドベリは異色の存在ですが、高校生の頃愛読した作品の多くは霧に覆われたロンドンの街が背景だったと記憶しています。

 

本題に戻って、さて今月はセントパトリック月間です。

3/17日のセントパトリックスデイを中心に世界中でパレードなどのイベントが行われます。

仙台でのパレードは諸事情によって絶えて久しくなりますが、バーンズでは毎年ミュージシャンの皆様のご協力を得てLIVEを行っております。


今年もLIVEは2回。3/17(土)と3/24(土)となっております。

3/17(土)スコティッシュ音楽LIVE&アイリッシュセッション
            18:30~
要予約 カンパ制(お客様の寸志をお願い申し上げます)

3/24(土)セントパトリックスLIVE
       19:30~
第一部『アクロスザウォーター』
第二部『あいりっしゅの皆さん』

あの大震災から一年、直接被災した方はもちろん、ご親戚や友人知人など間接的に被災なさった方も、特別の意味を持ったこの三月。

トラウマや悲しい思い出から抜け出ることはとても大切なことですが、ただ風化させるのではなく『そこから得た教訓と希望』を未来へ繋いでいくことができたらいいと思っています。

音楽を力に変えて!ハッピィ!セントパトリックスディ

キノコの写真でも撮れないかと、先週の日曜日なんと二十年ぶりに東北大学植物園を訪ねました。

青葉城下にひっそりと息づくモミやツガの原生林!!

多様な生態系。ここは仙台の宝です。

昼なお暗い散策路は森林浴にも最高!。

西に傾き掛けた太陽に、光り輝く宝石の糸のような蜘蛛の巣が綺麗です。

冬虫夏草(とうちゅうそうか)は昆虫に寄生する茸で、漢方薬や制ガン効果でお馴染みですが、植物園の展示室の標本は一見の価値ありです。

気持ち悪いという人もいると思いますが、私は興味津々です。

ハチに寄生したやつや

サナギに取り憑いたもの

果てはなんとクワガタにですよ!

 

 

 

他にもいっぱいありました。

 

 

これから紅葉も里に下りてくる季節。

皆さんもぜひ東北大学植物園へ行ってみませんか?

この日記をご覧になった東北大学関係者の方は是非バーンズをご利用ください(汗)(笑)

 


あなたは見知らぬ人を楽しませる慎重な方法
3月のあの出来事。
忘れたいといつも強く願っているが、それ以上に忘れてはならないとも言い聞かせている。

「以前に帰りたいと」いう願いが、「今どうなっているのだろうか?」という怖いもの見たさになって、その場所へと僕を誘う。

石巻市雄勝地区。
壊滅した女川とあまりにも悲惨な大川小学校の狭間にひっそりと位置する風光明媚なリアスの半島は、僕にとって忘れ得ぬ思い出の地だ。

どこまでも透明な水と青い空、切り立った断崖に弾ける波。入り江にひっそりとたたずむ白砂の渚。点在する小漁村。それらは今どうなっているのだろうか?

日曜日。
3時間の睡眠の後車に乗った。90分で女川へ。映像と関係するお客様から聞いていた石巻港と、女川の惨状は今更言うまでもない。女川は何も変わっていない。一面の廃墟と、町と港を守っていた外防波堤は影も形もなかった。

リアスの蛇行を30分繰り返すと雄勝町に着いた。
雄勝湾の最奥にある町はもちろんのことだが、湾の縁に連なっていた家々も全てなぎ払われて、言葉もない。

被災地の写真を撮るのはあまり好きではない。美しいもの、感動を覚えるものを写すのが好きなのだ。
だからご紹介する写真はあまり無い。
座礁した漁船と、荒浜防波堤の若い釣り人。釣り人の先には出入口を挟んで向こう岸まで長い防波堤があったのだが。

雄勝町の小河川の河口から1㎞ほど遡った何故か象の置物が残っていた被災現場。
その側の流れで見つけた遡上途中の数匹の鮭。
新しい命を生み出す営み。希望はどこにでもあるものなのだ。

さらに山を越え大川地区へ。そして長面浦まで足を伸ばした。全ての家と砂浜、松林が消滅し大川小学校から追波湾の全て見える。
見える全ての風景が湿原に戻っていて、夥しい鳥たちが群がっていた。

人の営みのなんとはかなく、自然とはなんと無慈悲でこれほどにも淡々としているのだろうか。
ただただ犠牲になった人々に手を合わせるのみである。

 

震災後お店では実に6回もセッションや練習会などの演奏が行われました。

 

TRADさん、あいりっしゅのみなさん、SEIDOU&ATTIさん、それからMさんたちのクラシック。

 

音楽の持つ力をこれほど感じたことはありません。音楽の前にはどんな美辞麗句さえも霞んでしまいます。

 

セッションに参加しているヘアーサロンリーフの千葉さんのバンド仲間も出演している映像が素敵です。

皆さんも癒されてくださいね。

気がつけば桜の花も散り模様です。

若葉青葉の季節がやってきて、早くもGWですね。

今年は3/11で全ての時計が止まっているように思えたのですが、その理由がわかりました。

今夢を見ているような不思議な感覚がその証拠です。

3/11以前が夢だったのだと、やっと気がつきました。


"あなたの心にあるもの"

何もかもが当たり前のように約束されている生活。

昨日が無事に過ぎ去ったのも、今日が来たのも、明日が来るのも当たり前と思いこんでいたのだと。

そこでやっと今が現実なのだと、恥ずかしながら60才にして気がついたわけであります。

残った私たちのこれからの生活。あなたも僕も。

何を考えるのか?

どう行動するのか?

そして何を見るのだろうか?

新宿でのテレビインタビュー。『GWの予定を教えてください?』『ハワイっ!』 『グァム』 『ヨーロッパ』・・・・・若い女の子たちの口からは東北のトの字も出てこなかった。たまたまかもしれないがこれが現実なのだと。

東北は必ずや立ち直って、物質的な豊かさよりも人間としての優しさや心の豊かさを大切に生きていく世界の先進地になればいいと思う。

 

 

先週キノコ採りに行った話はブログに記載のとおりですが、その時に一番奥まったミズナラの根本に既に流れてしまったマイタケを4株見つけました。

その日はナラタケという〝雑キノコ〟が大量に採れたために、途中で引き返してしまったのです。

この立ち枯れたミズナラには7年ぶりでマイタケが出たのでした。2週間前ならきっと合計で6キログラム以上の収穫を得たことでしょう。

 

マイタケ採りの鉄則を、つい、お座なりにしてしまった報いですね。

その鉄則とは、とにかく出ていると信じることです。それは99パーセント以上報われることのない願望に近いものなのですが、最も大切なことなのでした。

過去の経験で将来や遠くにあるものを予測して決めつけてしまうこと・・・・歳をとると言うことはこういうことなのかもしれませんね。

ということで大反省の一日でした。

昨日は大船渡まで行ってきました。

三連休のため高速道路は混雑気味で、渋滞こそ無いもののブレーキランプの点灯が時々列を作ります。

運転は後輩のT君なので私は助手席でリラックスしながら前を走る車のナンバーをウォッチング。いやいや、ほんとに遠くから来てるんですね。

確認した中で一番遠かったのは〝福岡〟初めて見たのは〝富士山〟でした。

〝富士山〟結構インパクトがありました。でも山梨の富士山なのか静岡のなのか迷いますのでちょっと考え物です。例えば〝蔵王〟は宮城県と山形県の共有財産ですものね。隣接する他県に対して失礼にならなければ良いんですが。

 

振り返って我が〝宮城〟ナンバーは〝仙台〟よりも知名度は低そうです。九州なんかに行くとミーハーのギャルなんかに『ミ・ヤ・シ・ロ・ってどこぉ?』なんて言われそうです。そこでちょっと思いつきました。

最もその土地を連想できるナンバーなんて良いですよね。

〝ひとめぼれ 530 -3636〟とか〝青葉城〟とか〝政宗〟、〝笹蒲鉾〟、〝牛たん〟、ああ!連想(妄想)が止まらなくなってきたのでこのへんでこの日記は終了致します。

つづきはバーンズでお話ししましょう。

ジャズフェスは生憎の雨模様となりましたがなんとか無事終了しました。

 


当店ではジャズフェス前夜の金曜日に〝すらいごめいとさん〟〝CEOLさん〟のライヴとあいりっしゅのみなさまによるセッション

翌土曜日は本番演奏の終わったミュージシャン皆様貸し切りの、大セッション大会(この模様は

さらに日曜日に突然電話があり、燃え尽きたはずの数人が来店、演奏してくださって、残り香を華やかにしてくださいました。

仙台ジャズフェスは年々盛大になって、なんと750組ものバンドが参加したそうです。

アイリッシュミュージックの方々はほぼ常連となっていて喜ばしい限りです。

最後になりますが、ある演奏者の方が『ジャズフェスよりもバーンズでの大セッション大会が楽しみなんですよ』と、嬉しい一言をおっしゃってくださったことをご報告致します。

 

遠来のミュージシャンの皆様!来年またお元気な姿とパフォーマンスを見せてください!

いよいよ今日はジャズフェス初日ですね。

出演者の皆様にはベストを尽くして頑張ってほしいと願っております。

昨夜のバーンズは前夜祭と言っても過言ではないライヴ&セッション大会となり大いに盛り上がりました。

セッション参加者は、

〝すらいごめいと〟のお二人。〝Ceol Aduaidh〟の4名。〝TAKUMI&TOSHI〟のお二人。それと〝あいりっしゅ〟の数名の方。さらにスペシャルゲストはジェラルドさんのイーリアンパイプ。そして盛り上げ役のKさんもフィルムパックマドラーで参加。ご紹介が最後になりましたがもちろん〝TRAD〟のおひとり????(奥様がなんと体調不良が完全に癒えていないとのことでホテル待機・なんと残念なことでしょう)でも出演当日は大丈夫とのこと。無理なさらないでくださいね。

翌日の出演時間が朝一なのでセーブするとおっしゃっていた某2グループでしたが、始まってみればどこえやら。熱く暑くヒートアップです。

ご予約頂いたお誕生日祝いのグループの方も、〝ハッピィ・バースデイ〟の演奏のプレゼントを頂戴して大感激。ありがとうございました。

さてさてあっという間に夜も更けて、夜も12時を回ってお開きとなりましたが、あんなに燃えてしまって当日がちょっと心配です。(僕も還暦になったので老婆心が出てきたようです)

今夜はミュージシャンたちの貸し切りとなりますが、打ち上げ大セッション大会は果てさてどのぐらい盛り上がりますことやら。

大いに期待してお待ち申し上げております。



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