2012年3月29日木曜日


インターネットを見ていた私の目に、ニュースが飛び込んできた。 巨大な波がチェンナイの町を襲い、町が浸水したというのだ。 私は、テンプルでダルシャン中のアンマにこのことを知らせようと、階段を駆け上った。 報せを聞いて、アンマはひどく悲しまれた。 ネットでさらに情報を収集しようと私はすぐコンピュータルームに戻ったが、そのとき誰かが部屋に入ってきて、全員に向かってこう言った。 海の水位が増して、アンマの小屋(以前個人面会に使われていた小屋)付近のアシュラムの一角に海水が流れ込んできている。

{写真キャプション:救援救命作業に関して、僧侶たちに指示を与えるアンマ}

瞬く間にアンマから指示があった。 アシュラム敷地内全体に放送を流し、すべてのアシュラム滞在者を宿泊施設の最上階に避難させてほしいというのだ。 それから、一階にあるものを全部上階にあげるように、とも僧侶全員に指示が出された。 そのとき、アシュラムには13000人ほどの人々がおり、1000人ほどは海外から来ていたので、アナウンスは、英語、ヒンズー語、マラーティー語、タミール語、カンナダ語などに翻訳されて流された。

アンマは次に、海岸付近のアシュラム地所内に駐車している全車両を内陸側へ移動させるように指示した。 すでに水が押し寄せて、ある帰依者の車が数フィート押し戻されていたからだ。 アンマの要請に従って、私も海岸近くにあるアーユルヴェーダ診療所の建物にいる帰依者全員に、避難の指示を伝えようと、ビデオにもなる小さなデジカメをひっつかんで、海岸へと駆けだした。 白状すれば、どんなものが目に飛び込んでくるのか、興味深々でもあった。 海岸に着くと、潮はすでに引いていたが、少量の水がアーユルヴェーダの建物一階を浸していた。 診療施設で働く僧侶たちが、慌しくそこにあるものをすべて上階へ運びあげている。

私は海を眺めた。きわめて静穏だ。いや、むしろ海岸線は12メートルほど下がっていて、浜の白い砂が鮮やかな姿を見せている。 とても美しい。私は海と砂浜を写真に収めながら、砂の上を歩いていった。 そのとき、ゆっくりと潮が差し始めた。2、3分も経った頃、防波堤に立っていた数人の村人が海岸線を指差して何事か叫びだした。 みんな逃げろ、海水が急に盛り上がって南の岩ところまでやってきた。そう言っている。 私は、アシュラムのアーユルヴェーダ診療所のある建物へ走っていき、屋上へ駆け上った。

たしかに、海面が急速に上がっている。堤防のところまで盛り上がったと思うと、それを越えてしまった。私は興奮した。 小さなデジカメでビデオを撮り始めた。するとまた、海が引いていった。

それから数分後、海は三たび、盛り上がった。 今度は、どっと砂浜を駆け上がってくると、ものすごい勢いで防波堤を越えてきた。 波が押し寄せたというのとは違う。まるで今までずっと水を貯めていた見えないダムが、突然、堰を切ったかのようだ。 水は地所内に植えてあった若いココナツの幹をたわませ、アーユルヴェーダの建物に押し寄せてくる。 ナショナル・ジオグラフィック誌の写真では、こんなところを何度も見たことがあるが、自分の目の前でこんなことが起こったのは、初めてだ。

水はアーユルヴェーダの建物に激しく砕けながら、進んでくる。 まるで河の流れのようだ。アーユルヴェーダ施設全体とその向こうのビーチロードは、まるで白波の騒ぐ急流に呑みこまれたようだ。 私は、泳ぎは知っていたが、健康上の問題から、あの大水につかまったら到底生き残れはしないのも、よくわかっていた。 だが、怖くはなかった。アンマの恩寵が私を守ってくださるとわかっていたからだ。

アーユルヴェーダ施設の地所内には、もう一つ小さな建物があり、そこは倉庫として使われていた。 そこに三人の僧侶が取り残されているのが見えた。 そのうちの一人が泳げないのを私は知っていた。彼らがどんなことになるだろう、と心配だった。 まさに走るように建物を洗って過ぎる水は、かなりの深さに達している。 突然、アーユルヴェーダの地所を巡るセメントの壁が押し流された。 すべてが混乱の渦に落ちていた。いくつもの小屋や家屋が押し流されていく。 電気が止まった。男のわめき声と女の悲鳴が大気を満たした。なすすべがなかった。 私は小さなカメラでビデオを撮り続けながら、みんなをお救いください、とアンマに祈った。

ビーチ・ロードの向こうでは、人々が家々の屋根に登りだしている。 近くにいる大切な人を助けようと、懸命に水をかき分けていく人もいる。

アンマが指揮を
15分ほどたった頃、水の勢いがいくぶん穏やかになりだした。 私はアシュラム目指して水をかき分けて歩き出した。 アシュラムに戻ってみると、アンマはダルシャンを中止していた。 アンマはテンプルのバルコニーに立ち、まだ水のなかにいる帰依者ひとりひとりに上がってきなさい、と叫んでいる。 次に気づいたときには、アンマは体に黄色い布を巻いて、テンプルの螺旋階段を水のなかへと降りていようとしていた。 水は約1メートルもあろうという深さだ。


2011年09月08日 09時00分13秒

「自分が考えていることを、その場で決められた時間の中で他の人とシェアしないのは、プロとして犯罪に近い」

「プロというのはシステムで仕事をする人間である」

「いつ来るか分からない15分のために常に準備をしているのがプロで、来ないかもしれないからと言って準備をしないのがアマチュア」

などなど、非常に刺激的な言葉が次々と飛び出したのが、CEDEC2011の2日目基調講演「「ムーンショット」 デザイン幸福論」です。

国際的な活躍を続けるインダストリアルデザイナー、奥山清行氏による講演となっており、「実際に会場にいらした方に直接語りかけたい」という本人の強い希望によって、ニコニコ動画「CEDECチャンネル」での配信や講演資料の配布はなし、「最後の瞬間まで講演内容を考えたい」ということで演題・内容についての事前発表もなし、という直前まで謎のベールに包まれていた講演だったのですが、見ての通り少し書き出しただけでもすさまじいセリフが飛び出すというような、異様なほど濃密な講演になりました。

以下、そのアグレッシブな基調講演をできるだけ再現したものです。なお、あまりの疾走感の激しさで意味不明・支離滅裂になっている部分については、可能な限り持ち味を残しつつ� �なんとか理解できるようにしています。

奥山:
皆様おはようございます。奥山清行です。今の和田会長の方からイントロダクションにあったようにクロスボーダーの象徴としまして、異なる業界の人間でありますけれど、今日いろんなモノを作るという、モノというのはハードに限らずいろんなモノをつくる話というのを大体80分ほどさせていただきたいと思います。

主に、海外で30年ほど仕事をしてきた経験から、日本のものづくりに関していろんな気がついた点があります。そういったところを主体に皆さんと僕の経験をシェアさせてください。題しまして「ムーンショットデザイン幸福論」。ムーンショットの意味というのは後ほど、一番最後の方にご説明差し上げます。

工業デザイナーと言いましても、実は皆さんと非常に近いところで仕事をしていまして、一番最初はハリウッドのユニバーサルスタジオ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」というライブのデザインをしたりとか、「アポロ13」でのアポロ13号のセットデザインとか、「バットマン フォーエバー」のセットのデザインとか、ハリウッドで実はかなり仕事をしてきました。さすがにゲームのデザインはしていません。ただ今、例えば、ここ10年くらいはセガサミーの顧問をさせていただいたりということで、ここのみなとみらいにも実は大型のテーマパークを作る予定でして、僕もアートディレクションを何年かやりましたけれど、残念ながらいろんな不可避の理由があって計画は中止になりました。なので、みなとみらいに来ると毎回何となく、苦い思い出といったものがよみがえって参ります。

今これ画面で見ていただいているのが、今現行の路上を走っているフェラーリの全てなんですけれども、右上のFFというへんちくりんな車を除いて、全て僕のディレクションの車です。右下の車は特に思い出があるフェ� �ーリ・エンツォという車です。

マセラティのクアトロポルテという車を作った時も、その後のクーペを作った時も、オーナーが4度ほど変わりまして、死に絶えていたブランドをゼロから再興するという役目を担って、その中の仕事の一環として「ハードウェアとしての自動車」のデザインをしました。

その中で日本とイタリアを比較して、面白いことに気がつきました。皆さんこれを読まれて、個人力の日本、団体力のイタリアというタイトルを見ると、「逆じゃないの?」「個人力のイタリアで団体力の日本じゃないの?」と思うかもしれませんけれど、イタリアというのは実は全く逆でして、イタリアというのは実はご存じのようにワールドカップとか、それからいろんな、例えばフェラーリのようなブランド企業をゼロから作り上げたりとか、その陰にある力というのは実はローマ時代から伝わる、いわゆる民主主義の元を作った彼らの団体力なのです。イタリア人の個人個人も非常に個性のある人たちが多いですけれども、その何というか、味が強い野菜が集まってもっと面白い料理ができるように、イタリアは非常 にその団体で行動をするというのが僕が想像していたよりもはるかに得意でした。

その中の一つの例として、フェラーリ・エンツォという車は、10年に一度の限定生産の車なんですけれども、その販売価格が7500万円。残念ながら僕もまだ買えません。中古車市場でこれ1台が大体1億3000万円くらいの車になってます。いまだに、売り出してから10年たっても販売価格を一度も下回ったことがないという奇跡のような車なんですけれども、この生産台数が399台。なぜ399という変な数字なのかというと、市場調査をして、何人の人がこの車を確実に買いたいかっていうのを調べたら400人の人が僕は必ず買いますというふうに手を挙げた。それに対して需要よりも1台少なく作れという創業者の言い伝えに従って、フェラーリは399台で生産を実際にやめたわけです。

面白いのは、開発を始める前に「うちは399台しか作りません」と言ったら、その10倍以上の3000人以上の人たちがこのフェラーリに対して「この車を買いたい」というふうにデポジット(前払いの保証金のようなもの)を持っていらっしゃって、その中で会社が人を選んで、その399人のラッキーな人たちは7500万円の現金を持って、イタリアまで飛んでこの車を引き取りに行くわけです。高飛車ですよね。高飛車ですけれども、それをすることによって「フェラーリ」というブランド力は上がって、フェラーリっていう世界観の中にもっと入りたい人たちがボンボン増えていく、と。

日本は逆のことをやるじゃないですか。6000万で売ったら500台売れるんじゃないかなあとか、5000万で売ったら1000台売れるんじゃないかな、と。それをやっちゃうから未来の芽をつぶしちゃうんです。ブランドの力を落としちゃうんです。学ぶべきところっていうのは大いにあると思いました。それを成し遂げているのがフェラーリっていうチーム、わずか3000人のチームでして、3000人のうち600人がF1という部門に従事しています。ですから残りのなんと2400人で年間8000台の車を開発して、生産するまで全部入れて2400人です。僕は大変なことだと考えます。

逆に日本に帰ってきまして、去年から今年にかけて、これは六本木ヒルズのアカデミーヒルズというところで「日本元気塾」という社会人向けの塾の塾長をやりました。8か月間、2週間に一回くらい27人の生徒さんと一緒に集まりまして、その生徒さんが実は外資系の証券会社の部長さんであるとか、最近だと悪名高き海外の証券会社のヴァイスプレジデントであるとか、そういった人たちが集まって、日本はどこに行くべきか自分の将来はどこに行くのかという議論を毎回続けました。

非常に面白かったのはその中で、日本人ほど哲学とか倫理観とか教育レベルとかそういったことの個人の力が高い国というのは、僕は今まで経験したことがなかったのです。ところが、そういう人たちを5人以上集めると、幼稚園みたいなもんでまるでまとまらない。イタリアの方がよっぽどまとまる、アメリカの方がよっぽどまとまるという現実に気がつきまして、ひょっとして日本って団体力ないんじゃないの?っていうことになり、僕の今までの仮説が逆転しました。皆さん何となく思い当たる節があるんじゃないかと。飲み屋に行くとすごいこと言うんです。仕事終わるとすごいこと言うんです。仕事の最中は黙って何も言わないですね。黙って何も言わないくせに何も考えてないかっていうと、当てると皆さんすば� �しいこと言うんです。僕はそれは卑怯だと思いまして、自分が考えていることを、その場で決められた時間の中で他の人とシェアしないのはプロとして犯罪に近いと考えています。イタリアでそれをやると二度と会議に呼ばれません。ところが日本はそれをやって、黙っている方が会議に呼ばれるという、これは悪しき慣習だと思います。

面白いのは日本の議論の仕方っていうのが、何かと個人攻撃になってしまうこと。これは日本の言葉の作りっていうものがどうしても目上とか目下とか、男性とか女性とか、自分の相手に対する相対的な位置を示す感情を表す言葉があるのに対して、英語とかイタリア語っていうのは非常に少ない言葉で情報の内容を的確に相手に伝える言語の作りなんです。だから、誰が何を言うかってことは� �要なじゃなくて、その話の内容の方が重要だって順序になってる。だから日本語で、実は個人攻撃にならない議論の仕方というのは非常に高度な議論力が要るというふうに思います。僕はこれを小学校で教えられなかったので、社会人になって必死の思いでイタリアで勉強しました、議論の仕方というのを。この「議論の仕方」をひとつの技術として、僕らは学ばなくちゃいけないんだなってつくづく思いました。

いわゆる会社という組織というのは、実は産業革命が起こってできたもので、それ以前っていうのは人類の99%は家で仕事をしていたらしいです。ところが産業革命が起こって、紙が印刷されて、いろんなエネルギーができて、みんなでひとつのビジネスを行おうっていうふうになりました。それが会社っていう形になって、お父さんは家にいるだけじゃなくて、朝には会社に出かけていって、そこで仕事をするという形に変わってきたのは、なんとたかだか150年前。本当の意味での会社という機能が世の中に存在し始めたのはたかだか100年前です。皆さん会社っていうものがこれから永遠に続くと思ってるかもしれませんけれど、今の形での会社という組織というのはもう崩れ始めています。会社の持つ意味というのは実は� ��常にいろんな意味があって、例えば昔、家でだけ仕事をしていた人というのは24時間の時間のほとんどを家族というコミュニティで、近所のコミュニティの中で過ごしていたわけです。

ところが今、その中の最低8時間、人によっては12時間から16時間という時間を、家以外の会社、仕事場っていうコミュニティで過ごしていますよね。当然のことながら家のコミュニティよりも会社のコミュニティの方が実ははるかに重要な意味合いを持ってきている。その後例えばPTAの集まりであるとか、いろんなジムに行ったりとか、今の皆さんというのは自分の中で最低4つのコミュニティを持っているって言われます。4つのコミュニティの中で、住んでいる家のコミュニティは実は一番重要じゃないコミュニティになってきているからこそ、近所付き合いがなくなってきているのは実はごく当たり前のことなんです。そうすると会社の機能というものが実は昔の家族と同じくらい大きい意味合いを持ってきて、そこで例� �ばいろんな、何かエンターテインメントしたりとか、植物を植えたりとか、一緒にご飯を食べに行ったりとかっていうのは、実はこれは当たり前の姿で、だから家庭崩壊が起こるんです。僕らが今の24時間の中で、通勤という時間を費やしている時間が何時間あるかと考えて、経営者として考えると、これは無駄ですね。それを省こうと思うと、家で仕事しなさいよ、となる。仕組みがきちんとできてて、それで結果がちゃんと出せる人であれば、家で仕事をした方がよっぽど結果は出るというのは皆さんももうお気付きで、実際そうしている方というのもこの中に実際にいらっしゃると思う。

これからは、会社という組織が逆に膨れていくか、どんどん崩壊していくか、その両方がこれからどんどんこの今後の50年間で起こってきます。それで重要になってくるのが、これは日本経済新聞に載せた記事なんですけれども、会社と個人、あるいは自分のキャリア、仕事と個人というバランスシートがあって、日本の特に若い人に強く言いたいんですけれども、勘違いしているのは、若い人が特に勘違いしているのは、自分は会社とか仕事から得るものだけ得て、一番得た時点で次のステップに移っていくのがキャリアアップである、と。実はこれ大きい間違いでして、自分が与えたものと相手からいただいたものの中で、相手にあげた方の大きい場合に、次の仕事につながります。これはアメリカとかヨーロッパの契約� ��会で非常に重要な考え方で、得たものよりも与えたものの方が多いことが大切なんです。それでこの人間は優秀であるという名声が広がって、きちんとしたお給料なり、それに対する対価をいただいて、次の仕事をもらうという仕組みを作るのが、実はプロとして非常に大切なこと。なんか高校の話みたいですみません。プロの皆さんを前にして。ただ、非常にその基礎が日本に帰ってきて成り立っていないのでびっくりしました。

もうひとつ、いわゆるブランド商品というものとコモディティ商品というものがあります。皆さんが作られているゲームとかエンターテインメントの中で、これがブランド商品、これがコモディティ商品と分けるのはまだ難しい段階にあると思います。ですけれどもハードの分野ではこれが明確に分かれてきています。ブランド商品の面白いところというのは、実はその利益率。縦の軸が利益率で、これが時間軸、つまりプロセスです。一番利益が高いのはメーカーなんです。メーカーというのは、例えば、フェラーリはどの素材を使おうが、どの部品を使おうが、誰が売ろうが、メーカーが一番利益を上げる、間違いなく売れる商品だったんです。

自動車に例えれば、日本の自動車の悲劇というものは、実はその正反対のコモディティ商品だという点にあります。要するに安くて生活の必需品ですね。そういうものっていうのは、実は素材であるとか原材料であるとか、小売りの人たちが高い利益を上げる。ヤマダ電機がそうですね、素材産業もそうですね。ところがメーカーっていうのは利益がほとんど上がらないです。


2011年09月08日 09時00分13秒

「自分が考えていることを、その場で決められた時間の中で他の人とシェアしないのは、プロとして犯罪に近い」

「プロというのはシステムで仕事をする人間である」

「いつ来るか分からない15分のために常に準備をしているのがプロで、来ないかもしれないからと言って準備をしないのがアマチュア」

などなど、非常に刺激的な言葉が次々と飛び出したのが、CEDEC2011の2日目基調講演「「ムーンショット」 デザイン幸福論」です。

国際的な活躍を続けるインダストリアルデザイナー、奥山清行氏による講演となっており、「実際に会場にいらした方に直接語りかけたい」という本人の強い希望によって、ニコニコ動画「CEDECチャンネル」での配信や講演資料の配布はなし、「最後の瞬間まで講演内容を考えたい」ということで演題・内容についての事前発表もなし、という直前まで謎のベールに包まれていた講演だったのですが、見ての通り少し書き出しただけでもすさまじいセリフが飛び出すというような、異様なほど濃密な講演になりました。

以下、そのアグレッシブな基調講演をできるだけ再現したものです。なお、あまりの疾走感の激しさで意味不明・支離滅裂になっている部分については、可能な限り持ち味を残しつつ� �なんとか理解できるようにしています。

奥山:
皆様おはようございます。奥山清行です。今の和田会長の方からイントロダクションにあったようにクロスボーダーの象徴としまして、異なる業界の人間でありますけれど、今日いろんなモノを作るという、モノというのはハードに限らずいろんなモノをつくる話というのを大体80分ほどさせていただきたいと思います。

主に、海外で30年ほど仕事をしてきた経験から、日本のものづくりに関していろんな気がついた点があります。そういったところを主体に皆さんと僕の経験をシェアさせてください。題しまして「ムーンショットデザイン幸福論」。ムーンショットの意味というのは後ほど、一番最後の方にご説明差し上げます。

工業デザイナーと言いましても、実は皆さんと非常に近いところで仕事をしていまして、一番最初はハリウッドのユニバーサルスタジオ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」というライブのデザインをしたりとか、「アポロ13」でのアポロ13号のセットデザインとか、「バットマン フォーエバー」のセットのデザインとか、ハリウッドで実はかなり仕事をしてきました。さすがにゲームのデザインはしていません。ただ今、例えば、ここ10年くらいはセガサミーの顧問をさせていただいたりということで、ここのみなとみらいにも実は大型のテーマパークを作る予定でして、僕もアートディレクションを何年かやりましたけれど、残念ながらいろんな不可避の理由があって計画は中止になりました。なので、みなとみらいに来ると毎回何となく、苦い思い出といったものがよみがえって参ります。

今これ画面で見ていただいているのが、今現行の路上を走っているフェラーリの全てなんですけれども、右上のFFというへんちくりんな車を除いて、全て僕のディレクションの車です。右下の車は特に思い出があるフェ� �ーリ・エンツォという車です。

マセラティのクアトロポルテという車を作った時も、その後のクーペを作った時も、オーナーが4度ほど変わりまして、死に絶えていたブランドをゼロから再興するという役目を担って、その中の仕事の一環として「ハードウェアとしての自動車」のデザインをしました。

その中で日本とイタリアを比較して、面白いことに気がつきました。皆さんこれを読まれて、個人力の日本、団体力のイタリアというタイトルを見ると、「逆じゃないの?」「個人力のイタリアで団体力の日本じゃないの?」と思うかもしれませんけれど、イタリアというのは実は全く逆でして、イタリアというのは実はご存じのようにワールドカップとか、それからいろんな、例えばフェラーリのようなブランド企業をゼロから作り上げたりとか、その陰にある力というのは実はローマ時代から伝わる、いわゆる民主主義の元を作った彼らの団体力なのです。イタリア人の個人個人も非常に個性のある人たちが多いですけれども、その何というか、味が強い野菜が集まってもっと面白い料理ができるように、イタリアは非常 にその団体で行動をするというのが僕が想像していたよりもはるかに得意でした。

その中の一つの例として、フェラーリ・エンツォという車は、10年に一度の限定生産の車なんですけれども、その販売価格が7500万円。残念ながら僕もまだ買えません。中古車市場でこれ1台が大体1億3000万円くらいの車になってます。いまだに、売り出してから10年たっても販売価格を一度も下回ったことがないという奇跡のような車なんですけれども、この生産台数が399台。なぜ399という変な数字なのかというと、市場調査をして、何人の人がこの車を確実に買いたいかっていうのを調べたら400人の人が僕は必ず買いますというふうに手を挙げた。それに対して需要よりも1台少なく作れという創業者の言い伝えに従って、フェラーリは399台で生産を実際にやめたわけです。

面白いのは、開発を始める前に「うちは399台しか作りません」と言ったら、その10倍以上の3000人以上の人たちがこのフェラーリに対して「この車を買いたい」というふうにデポジット(前払いの保証金のようなもの)を持っていらっしゃって、その中で会社が人を選んで、その399人のラッキーな人たちは7500万円の現金を持って、イタリアまで飛んでこの車を引き取りに行くわけです。高飛車ですよね。高飛車ですけれども、それをすることによって「フェラーリ」というブランド力は上がって、フェラーリっていう世界観の中にもっと入りたい人たちがボンボン増えていく、と。

日本は逆のことをやるじゃないですか。6000万で売ったら500台売れるんじゃないかなあとか、5000万で売ったら1000台売れるんじゃないかな、と。それをやっちゃうから未来の芽をつぶしちゃうんです。ブランドの力を落としちゃうんです。学ぶべきところっていうのは大いにあると思いました。それを成し遂げているのがフェラーリっていうチーム、わずか3000人のチームでして、3000人のうち600人がF1という部門に従事しています。ですから残りのなんと2400人で年間8000台の車を開発して、生産するまで全部入れて2400人です。僕は大変なことだと考えます。

逆に日本に帰ってきまして、去年から今年にかけて、これは六本木ヒルズのアカデミーヒルズというところで「日本元気塾」という社会人向けの塾の塾長をやりました。8か月間、2週間に一回くらい27人の生徒さんと一緒に集まりまして、その生徒さんが実は外資系の証券会社の部長さんであるとか、最近だと悪名高き海外の証券会社のヴァイスプレジデントであるとか、そういった人たちが集まって、日本はどこに行くべきか自分の将来はどこに行くのかという議論を毎回続けました。

非常に面白かったのはその中で、日本人ほど哲学とか倫理観とか教育レベルとかそういったことの個人の力が高い国というのは、僕は今まで経験したことがなかったのです。ところが、そういう人たちを5人以上集めると、幼稚園みたいなもんでまるでまとまらない。イタリアの方がよっぽどまとまる、アメリカの方がよっぽどまとまるという現実に気がつきまして、ひょっとして日本って団体力ないんじゃないの?っていうことになり、僕の今までの仮説が逆転しました。皆さん何となく思い当たる節があるんじゃないかと。飲み屋に行くとすごいこと言うんです。仕事終わるとすごいこと言うんです。仕事の最中は黙って何も言わないですね。黙って何も言わないくせに何も考えてないかっていうと、当てると皆さんすば� �しいこと言うんです。僕はそれは卑怯だと思いまして、自分が考えていることを、その場で決められた時間の中で他の人とシェアしないのはプロとして犯罪に近いと考えています。イタリアでそれをやると二度と会議に呼ばれません。ところが日本はそれをやって、黙っている方が会議に呼ばれるという、これは悪しき慣習だと思います。

面白いのは日本の議論の仕方っていうのが、何かと個人攻撃になってしまうこと。これは日本の言葉の作りっていうものがどうしても目上とか目下とか、男性とか女性とか、自分の相手に対する相対的な位置を示す感情を表す言葉があるのに対して、英語とかイタリア語っていうのは非常に少ない言葉で情報の内容を的確に相手に伝える言語の作りなんです。だから、誰が何を言うかってことは� �要なじゃなくて、その話の内容の方が重要だって順序になってる。だから日本語で、実は個人攻撃にならない議論の仕方というのは非常に高度な議論力が要るというふうに思います。僕はこれを小学校で教えられなかったので、社会人になって必死の思いでイタリアで勉強しました、議論の仕方というのを。この「議論の仕方」をひとつの技術として、僕らは学ばなくちゃいけないんだなってつくづく思いました。

いわゆる会社という組織というのは、実は産業革命が起こってできたもので、それ以前っていうのは人類の99%は家で仕事をしていたらしいです。ところが産業革命が起こって、紙が印刷されて、いろんなエネルギーができて、みんなでひとつのビジネスを行おうっていうふうになりました。それが会社っていう形になって、お父さんは家にいるだけじゃなくて、朝には会社に出かけていって、そこで仕事をするという形に変わってきたのは、なんとたかだか150年前。本当の意味での会社という機能が世の中に存在し始めたのはたかだか100年前です。皆さん会社っていうものがこれから永遠に続くと思ってるかもしれませんけれど、今の形での会社という組織というのはもう崩れ始めています。会社の持つ意味というのは実は� ��常にいろんな意味があって、例えば昔、家でだけ仕事をしていた人というのは24時間の時間のほとんどを家族というコミュニティで、近所のコミュニティの中で過ごしていたわけです。

ところが今、その中の最低8時間、人によっては12時間から16時間という時間を、家以外の会社、仕事場っていうコミュニティで過ごしていますよね。当然のことながら家のコミュニティよりも会社のコミュニティの方が実ははるかに重要な意味合いを持ってきている。その後例えばPTAの集まりであるとか、いろんなジムに行ったりとか、今の皆さんというのは自分の中で最低4つのコミュニティを持っているって言われます。4つのコミュニティの中で、住んでいる家のコミュニティは実は一番重要じゃないコミュニティになってきているからこそ、近所付き合いがなくなってきているのは実はごく当たり前のことなんです。そうすると会社の機能というものが実は昔の家族と同じくらい大きい意味合いを持ってきて、そこで例� �ばいろんな、何かエンターテインメントしたりとか、植物を植えたりとか、一緒にご飯を食べに行ったりとかっていうのは、実はこれは当たり前の姿で、だから家庭崩壊が起こるんです。僕らが今の24時間の中で、通勤という時間を費やしている時間が何時間あるかと考えて、経営者として考えると、これは無駄ですね。それを省こうと思うと、家で仕事しなさいよ、となる。仕組みがきちんとできてて、それで結果がちゃんと出せる人であれば、家で仕事をした方がよっぽど結果は出るというのは皆さんももうお気付きで、実際そうしている方というのもこの中に実際にいらっしゃると思う。

これからは、会社という組織が逆に膨れていくか、どんどん崩壊していくか、その両方がこれからどんどんこの今後の50年間で起こってきます。それで重要になってくるのが、これは日本経済新聞に載せた記事なんですけれども、会社と個人、あるいは自分のキャリア、仕事と個人というバランスシートがあって、日本の特に若い人に強く言いたいんですけれども、勘違いしているのは、若い人が特に勘違いしているのは、自分は会社とか仕事から得るものだけ得て、一番得た時点で次のステップに移っていくのがキャリアアップである、と。実はこれ大きい間違いでして、自分が与えたものと相手からいただいたものの中で、相手にあげた方の大きい場合に、次の仕事につながります。これはアメリカとかヨーロッパの契約� ��会で非常に重要な考え方で、得たものよりも与えたものの方が多いことが大切なんです。それでこの人間は優秀であるという名声が広がって、きちんとしたお給料なり、それに対する対価をいただいて、次の仕事をもらうという仕組みを作るのが、実はプロとして非常に大切なこと。なんか高校の話みたいですみません。プロの皆さんを前にして。ただ、非常にその基礎が日本に帰ってきて成り立っていないのでびっくりしました。

もうひとつ、いわゆるブランド商品というものとコモディティ商品というものがあります。皆さんが作られているゲームとかエンターテインメントの中で、これがブランド商品、これがコモディティ商品と分けるのはまだ難しい段階にあると思います。ですけれどもハードの分野ではこれが明確に分かれてきています。ブランド商品の面白いところというのは、実はその利益率。縦の軸が利益率で、これが時間軸、つまりプロセスです。一番利益が高いのはメーカーなんです。メーカーというのは、例えば、フェラーリはどの素材を使おうが、どの部品を使おうが、誰が売ろうが、メーカーが一番利益を上げる、間違いなく売れる商品だったんです。

自動車に例えれば、日本の自動車の悲劇というものは、実はその正反対のコモディティ商品だという点にあります。要するに安くて生活の必需品ですね。そういうものっていうのは、実は素材であるとか原材料であるとか、小売りの人たちが高い利益を上げる。ヤマダ電機がそうですね、素材産業もそうですね。ところがメーカーっていうのは利益がほとんど上がらないです。

2012年3月27日火曜日




by CyberBuzz

公務員は自分の給料が国民の税金で支払われている自覚が無い。
現職閣僚が落選し、その後も閣僚にとどまることは極めて異例といえる。


2010年7月12日 月曜日

国・地方の人件費1割削減でも3.8兆円 7月12日 中野哲也

参院選で与党民主党が敗北を喫した。菅直人首相が勝敗ラインとしていた改選54議席に届かず、政界再編含みで政局は緊迫するだろう。今回の民主党の敗因は、「消費税10%」を安易に掲げた首相と党執行部の稚拙な選挙戦略に尽きる。

 徴税は外交や軍事と並んで国家の基本機能である。その最高権力者が子どもでも納める義務のある消費税増税について、その使途や低所得者の負担軽減策をきちんと準備しないまま、腰だめの「10%」を持ち出して選挙戦に突入した。「消費税で10議席は減らした」(民主党関係者)としても不思議はない。

 「腰だめ」といえば、1994年の細川護煕首相である。消費税を3%� �当時)から7%に引き上げて国民福祉税に衣替えする構想を発表したものの、7%の根拠を「腰だめ」としか説明できず、世論の猛烈な批判を浴びて即時撤回を余儀なくされた。

 なぜ日本の為政者は税制に関して浅薄なのか。恐らくは、国民から税を徴収するという国家権力について明確な哲学を身につけていないのだろう。

 大国の歴史上、類を見ない猛スピードで日本は少子高齢化社会に突入した。その一方で、「国の借金」は1000兆円の大台が迫り、財政再建に一刻も早く着手しなくてはならない。しかし国際水準を考えれば所得税や法人税の増税は難しく、欧州などに比べて低い消費税率の引き上げは止むを得ない。

 国民の多くがその必要性を認識していても、今回の参院選では菅政権の安易で稚拙な増� ��構想に呆れ果て、民主党に一票を投じなかった人が相当な数に上るのではないか。

 今回の選挙は国民の消費税アレルギーを一段と強める結果となり、財政再建を掲げる菅首相が自らの手で消費税増税を一層困難にしたのかもしれない。そうならば「皮肉」では済まされず、この国の未来にとって「悲劇」と言うべきだろう。

財政を「鳥の目」で見ると、「債務超過」317兆円

 国家の運営には2つの「目」が不可欠である。1つは部分を詳細に分析する「虫の目」、もう1つが全体を俯瞰する「鳥の目」になる。「事業仕分け」という名の「虫の目」を使い、政権が省庁や天下り官僚が巣食う団体の濫費を阻止するのは当然である。

 しかしながら、それによって数千億円の財源が生まれても財政再建は達成で� �ない。高齢化に伴う社会保障関連だけで毎年1兆円規模の自然増が発生しているからである。(中略)

国・地方合計で人件費38兆円、1割削減できれば・・・

2012年3月25日日曜日


たまには自分の言葉で歌詞を訳してみる


身を落ち着けたらしいね

いい娘を見つけて、結婚したのね

望みもかなったって聞いた

たぶん私があげられなかった色んな物を、彼女はあなたにあげることができたのね

ねえ、何を気にしているの?

隠れたり臆したり、あなたらしくないよ。

呼ばれもしないのに来てしまったけれど

でも来ずにはいられなかった、来るしかなかったの。

2012年3月22日木曜日


Ƒɉ 05

ƑɉiTj


[ P ] [ Q ] [ R ] [ S ] [ T ] [ U ] [ V ] [ W ] [ X ]

eʂmlɂǂm点邩

łȂyaC̏ꍇłAeʂȂǂɕaCʒm邱Ƃ߂鎖܂B͕aCł邱Ƃm点邱ƂɂāA𕷂҂ɗȂĂ͂ȂȂɗ‚ƂɂȂ邩łB܂AʒmȂ܂܂ɂĂƁAƂŁuǂĒm点ĂȂvƎ邱Ƃ܂Bۂɍ̂́AKȂǂ̏ꍇɁA{̕am点邩ǂł傤B

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2012年3月13日火曜日

あの日から、ちょうど一年目となったこの日。
僕たちは早起きして喪服を着た。
一周忌の合同慰霊祭は午後からだったが、その前に立ち寄るところがあったのだ。

その先輩の訃報を聞いたのは会社のOB会からのメールで、であった。
先輩は会社のOB会にも籍を置いていなかったこともあり、10年以上も疎遠であったが、家内と先輩の奥さんが親しく交際していたこともあり、息災であったと思っていた。
何より奥さんにとっても思いがけない末期の肝癌だったのだ。
先輩はどこかわからないが咲き乱れる桜花を背に遺影の額に納まっていた。
笑っているその顔は私の知っているその顔であった。

仏前に座ると突然に涙が溢れてきた。
この悲しい一年目にさらにまた悲しみを重ねた朝であった。

亘理郡山元町、徳本寺。
午後1時30分。
モニターが前に置かれたテントの中で、たくさんの参列者の中に僕らはいた。

法事の前のアイリッシュハープの演奏に続いて永六輔の話が始まった。
永氏は住職との深い縁でこの会場に自ら赴いていた。

震災で、津波で、家族や友人や助けられなかった人々を前に、生き残った自分を悔いている人々を例に挙げ、彼の人生最大の後悔を話し始めた。

小学5年生の彼は学童疎開先の白石で、あの東京大空襲で10万人もの人々が犠牲になった前日の今日(昭和19年3月11日)学徒動員のため東京へ出発したたくさんの先輩達を、何も知らずバンザイで送り出したというのだ。

涙で言葉にならない中で、永はあの戦争で妄信的に軍部を信じ、バンザイした自分を悔いているのだった。そしてその自分の恥を語ってこなかったことを、この大災害を機に重ねて恥じているのだった。

彼はつらい記憶を語り続けようと呼びかけていた。
それは経験した者の務めだとも。
僕は今日2度目の涙を流した。


思えば大震災の数ヶ月後から風化は始まっていた。
もう見たくないとテレビ局に苦情を言う非被災地の人々。
激減したボランティア。
政府も、そして破綻寸前だった女川を抱える宮城県の知事も原発再稼働を語り始めている。
ましてやずっと原発政策を推し進めてきた最大野党など抑止になるはずもない。

もう二度と自民党にも民主党にも投票しないだろう。

僕は思う。
風化を避け過ちを繰り返すことなく、未来の子供達に送り届けることができるものを語り継ぎたいと。
大切な人や家や仕事とともに絶望にうちひしがれた人々のことを。
大震災を、大津波を、そして原発を。
政府や行政の顛末を。
未来への思いやりのない生活を続けている大人達を。
被災していない人々のエゴと他人事を。
がんばっている人に『がんばれ!しっかりしろ』と励ます心なさに。
今回わかったいろいろなことを。

あの夜。
赤々と焦げる東の夜空。
光を失った街の上に輝く無数の星々。
迫り来る余震の不安と恐怖に震えた車内。
錯綜する情報。
そして放射能。
僕は思う。
あの一年前の今日を思えば、今はなんと安らぎと幸せに満ちた夜だろうか。
この幸せを噛み締めたなら、自らの命と引き替えに僕たちに尊い教訓を残してくれた人々に感謝せずにはいられない。

2012年3月12日月曜日

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2012年3月11日日曜日

8/6(土)7(日) 向井田みお/「Yoga的リアリティー瞑想」解説と実践/「ウパニシャッド」から読み解く「バガヴァッドギーター」 (ヨガワークショップ、インストラクター養成コースの最新情報)|ヨガスクール最新情報

世界的ベストセラー「やさしく学ぶYOGA哲学- バガヴァッドギーター」の著者、向井田みお先生の一時帰国ワークショップを8月7,8日に行います。

(1) 8/6(土) 向井田みお/「Yoga的リアリティー瞑想」解説と実践
(2) 8/7(日) 向井田みお/「ウパニシャッド」から読み解く「バガヴァッドギーター」

【タイトル/Tittle】
(1) 「Yoga的リアリティー瞑想」解説と実践
(2) 「ウパニシャッド」から読み解く「バガヴァッドギーター」


【日時/Dates】
(1) 2011年8月6日(土)9:00-11:00
(2) 2011年8月7日(日)9:00-11:00


【内容/Content】
(1) 「Yoga的リアリティー瞑想」解説と実践

「瞑想とは何か?」

一体どういうことを、どういう状態を瞑想というのか?
私たちは、何のために瞑想するのか?
瞑想のメリットは何なのか?

2012年3月7日水曜日

ヨガの考え

2011年3月10日

はじめに

この一年間、ヨガの考え方を通じて、私たちの生活の指針を、そして生き甲斐を、手に入れていただければと思いこの「ヨガの考え」の講座を開設いたします。

毎週、1つの課題について考え、1年間で48課題(一ヶ月に4課題)をお話してゆきます。

この、「ヨガの考え」は5千年前から今日に伝えられる「インド哲学」をベースにして分かりやすくお話をしてまいります。このため、本来のインド哲学の範囲を超え、「禅」や「正食」の考え方も取り入れて、日常のことがらを中心にお話を進めてまいります。お楽しみください。

合掌

                        大久保ヨガ正食禅

主宰 ガルダ クニ 大久保

ヨガの考え 第一週 「私は誰」(どこから来た、どこに行く、何をしに来た、のか)

私たちは、生まれてから今日まで「自分」についていろいろと考えることがあったと思います。これまでに、本当の自分に出会った方は大変幸せな方だと思います。

一体「自分とは何」。「私は誰」なのでしょうか。

ヨガでは、この身体は「私ではない」と考えます。この身体は、私の乗り物、住処、私の居るところですが自分ではないと考えます。「心」は私の乗り物(身体)を動かすためのものです。これも本当の「私」ではありません。

簡単に言うと私は「生命(いのち)」そのものです。私には形や姿はないのです。「魂」「霊」などと言うこともできます。この「いのち」の「私」は永遠の存在です。死にません!!

この身体は、ロボットでその操縦をしているのが私。ロボットを動くようにしているのが心、動かしている本性は「いのちの私」です。身体は古くなると使えなくなります。(肉体の死)。

この、いのちの私はこの世に生まれる時、神様とある約束をして生まれてきました。それは、自分自身を高めて来ます、ということです。自分を高める、すなわち「自己の霊性」を高めることです。

しかし、この身体は大変に不自由で、お腹もすけば、疲れもします。たくさんの欲望を持っています。この身体を満足させるために、生きているとも言えるのではないでしょうか。それは、本来の目的からだいぶ離れています。時には、反対に向かって努力している事になります。

それでは、自分の霊性を高めるというのは、どうする事でしょうか。

       物事を行うには、その動機がとても大切です。良いことをしようと思って立ち上がることです。(動機が善であること)。

     自分の損得を考えずに、何かの役に立つことです。(私心をなくして、尽くすこと)。

この二つのことが、まず大事な心得です。これが、幸せの原点にあります

ヨガの考え 第二週 「苦しみ」をのがれる                        2011年3月17日

この世の苦しみや災いはたくさんあります。仏教では「四苦八苦」と言います。

今週は、四苦について話します。四苦とは「生老病死」です。生きる苦しみ、年老いる苦しみ、病の苦しみ、死ぬ苦しみ、の四つです。

先週、「私は誰」で「わたしは命(魂、霊)」のお話をしました。私の乗り物(身体と心)が苦しみを感じているのです。本当の私が苦しんでいるのではありません。

◎「生きる苦しみ」わたしは命(魂、霊)です。この不自由な身体を使って、自分の霊性を高めるための修行中です。苦しみの原因は、「こだわるこころ、かたよるこころ、とらわれるこころ」の3つです。私たちは、物事を、「良いこと」「悪いこと」に分けて考えています。

本当はこの世にある全てのことは良いことです。全てのことは宇宙の最高のバランスのもとに、起きています。全ては、原因と結果(因果の法則)です。起きていることは当たり前の事ですが、自分にとって都合の良いことを「良い」、都合の悪いことを「悪い」と考えます。

だから、宮沢賢治の「アメニモマケズ」のように、自分を勘定に入れなければ、全てを「あるがままに」受け入れることが出来ます。苦しみは「あるがまま」を受け入れると「和らぎ」ます。悲しいこと、嫌なこと、辛いこと、は有ります。その体験は自分の「霊性」を高めるためにとても役立つこと、全てがありがたいことです。そのことに気付くのが苦しみをのがれるためにとても大切です。

◎「年老いる苦しみ」 わたしは命(魂、霊)です。身体は私の住家、乗り物です。だんだん古くなり、使いにくくなります。いたみも出ます。だから、出来るだけ手入れをしていつまでも気持ちよく使えるように手入れをすることは出来ます。ヨガの体操(アサナ)呼吸法(プラナ・ヤマ)はその助けになります。私自身は永遠の存在です。いつまでも、年をとりません、自分の感覚はいつまでも若いです。これが本当の私です。

◎「病の苦しみ」 病気は身体や心の危険信号です。自分の日頃の生活に、病気の原因があります。このままでは大変なことになるとき、熱がでたり、痛くなったり、苦しくなったりします。だから、生活を見直してみましょう。(食事、ストレス、運動など)

熱や、咳、痛み、など病気の症状は自分を守るための反応です。だから、過剰にこの症状を抑えないことです。病気は治ります。自己免疫力、自然治癒力は自分の力です。この力を発揮できるようにするのが、ヨガです。薬はある種の毒薬(ドラッグ)です。飲み過ぎないように。

◎「死ぬ苦しみ」 実は私は死にません。私の乗り物から離れるのです、これが死です。だから恐がらなくても良いのです。本当に恐がるべきは、毎日の行いです。良い行いには、良い結果が、悪い行いには悪い結果がおこります。それが、私がこの乗り物を降りたときに、自分に帰ってくるものです。(因果律)

読めば読むほど:"けむり"に巻く? やっぱり気になる使い方(9) - 毎日jp(毎日新聞)

 カラオケで、思わず私は立ち上がってしまいました。いえ、歌うわけではありません。石川秀美さんの「愛の呪文」の一節、「♪こみあう車道(みち)を渡って煙にまいてしまうわ」に目がクギづけになったのです。「煙」に「けむり」のルビがついている!

 キャンペーンソングにも使われた「愛の呪文」。80年代に耳にしていた時には気づかなかったのに、校閲記者として言葉を日々吟味する仕事に携わって、遅まきながら発見しました。このルビはヘンだ。

2012年3月2日金曜日

ロザリオ - Wikipedia

ロザリオ(ポルトガル語: rosário、イタリア語: rosario、ラテン語: rosārium)は、カトリック教会における祈りの種別、および使用される数珠状の祈りの用具である。日本ではキリシタン時代から「コンタツ」(葡:contas=ポルトガル語で「数える」の意味) とも呼ばれてきた。

[編集] 使い方・形状

ロザリオは、聖母マリアへの祈りを連ねて唱えることによって聖母マリアに霊的なバラの冠を捧げる祈りを指す言葉であると同時に、その祈りの際に祈りの回数を確認するために用いる数珠状の用具の名称でもある。

ロザリオは手で手繰って祈るもので、文化・地域により受け取り方には差はあれど、首にかけるのはふさわしくないとされることが多い。形状としては、小さなものは数珠10個に十字架だけというシンプルなもの、大きなものでは十字架だけでなく、キリストの像や不思議のメダイ (miraculous medal) がついているものもある。

カトリック教会以外のキリスト教教派においては、プロテスタントのごく一部の教派を除いてロザリオはまず用いられない。正教会にはコンボスキニオン(チョトキ)と呼ばれる数珠状の祈りの用具があるが、ロザリオとは形状や用い方・祈りが異なる。ただし手で手繰って祈ることや、首にかけるなどはしないことでは、ロザリオと共通点がある。なお、コンボスキニオンはロザリオの起源ともされる[1]

[編集] カトリック

カトリックでは定型文の祈祷を毎日捧げることを習慣にしている人が多い。

伝統的には、カトリック信者はロザリオを肌身離さず持ち歩き、仕事の合間などに時間があればロザリオを唱えていた。

ロザリオの玄義(神秘)およびその配分は、伝統的に、三つの玄義が定められていた時は、一日一環(一玄義)を唱える場合、「喜びの玄義」を月曜と木曜、「苦しみの玄義」を火曜と金曜、「栄えの玄義」を水曜、土曜、日曜に黙想する習慣がある。